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News Release

2014.11.18

片付けられなかった紙片

    今日18日、銀幕のスター高倉健さんの訃報が伝えられました。
    驚くと同時に、突然M先生のことが思い出されました。

    寡黙な先生でしたが、しかし生徒であれ同僚であれ、相手の話をよく聴いてくれる方でした。時々の話には含蓄があり、筆持てば見事な達意の文章を綴る。生物を教えながら文学的センスの溢るる先生でもありました。しかし、まだまだこれからもご指導をと願われながらの5年前の冬12月に、M先生は天国へと召されたのでありました。

    自分と似たものを感じるのか、M先生は高倉健さんを好きでした。それを物語るひとつの思い出があります。ご葬儀が済んで、しばらく経ったある日、先生の城でもあった生物研究室を片付けていたときです。新聞の切抜きがさも大切そうに折りたたまれてあるファイルを発見したのです。
    その切抜きには、『心にいつも「辛抱ばい」』 高倉健(映画俳優)2000年11月3日読売新聞とありました。すぐにその場で一読し、先生が高倉健さんの文章に共感したであろうことがわかりました。私も深い感慨にふけったことを今もよく覚えています。

    今日の訃報が、忽然(こつぜん)とまたこの記憶を呼び戻してくれました。ファイルには新聞とともに「辛抱」、そして「含羞」というマジックで書かれた紙片も挟まれていました。自身に言い聞かせたのか、あるいは当時の生徒に語るために用意していたものなのか。そのくせのある筆の跡も目に焼きついています。

    明日19日、学園チャペルでは今年亡くなられた方々を追悼するミサが捧げられます。生徒や職員の、家族や親戚、あるいは知り合いや恩人など、天国での安らかな眠り、憩いをお祈りしますが、多くの生徒、すべての職員に慕われたM先生を偲び、先生が大事にしていた新聞記事を、ここにご紹介させていただきます。

    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

    『僕が小学生だったころ、数年に一度、家の近くにある池では水をすっかり抜いて魚の取り放題大会が催された。貯金したわずかな小遣いから入場券を買った。皆夢中だった。僕は首まで泥水に浸かってうなぎと格闘した。だけど水が冷たくて、体が凍えて思うように手足が動いてくれない。ドロドロになりながら大人たちに混じって頑張ったけど、結局一匹も捕まえられなかった。
     毎年の秋祭りで、神社では相撲大会が催された。四人抜きの一等の賞品は自転車だった。父は相撲が強く「亀ヶ嶋」という四股名(しこな)まであった。僕は毎年必死に踏ん張ったが、ころっとひっくり返されて、はい、おしまい、だった。
     膝を擦りむいて家に帰った僕に、母が言った。「辛抱せんといかんとよ」
     大人になってから、僕は映画俳優という仕事に就いた。一生懸命やった。「ジャコ萬と鉄」の撮影では、零下十六度の中、ふんどし一本で北海道積丹の十二月の海に飛び込んだ。地元の漁師たちは「そんなことしたら死ぬぞ」とあまりの無謀さに呆れたが、無我夢中でロープを背負って荒れ狂う海に突っ込んでいった。それこそ池の水の冷たさなんて比較にならないほど大変だった。
     「八甲田山」の撮影は、冬の八甲田山で三年もかかった。条件の苛酷さに撮影は終わらないかもしれないと、スタッフも俳優も、誰もが思った。
     「南極物語」では、撮影のため北極にも南極にも行った。ブリザードに逢いテントごと吹き飛ばされた。「これで死ぬのかな」という思いが頭をよぎった。
     「海へ-See you-」では、サハラ砂漠の砂嵐も体験した。
     四十数年、一生懸命やってきた。
     去年の「鉄道員・ぽっぽや」では、有名な外国の映画賞をいただいたり、国内でも数多くの賞をいただいた。一生懸命頑張ってきてよかったと思った。でも、いただいた賞を真っ先に見せたかった父や母は、もうこの世にいない。「偉かったね」と、褒めてもらいたかった人はもういなくなっていた。
     でも、僕が四十数年辛抱して走り続けられたのは、たとえ心の中だけになってしまっても、母の顔とともに「辛抱ばい」という言葉があったからだ。
     大切なのは、自分の役目は何なのかを見極めて、一生懸命悔いのない毎日を送ることだ。このことがとっても大事だと思います。
     お母さんがお父さんの仕事をしたり、お父さんがお母さんの役目になったり、昭和一桁(ひとけた)生まれの僕にはとっても変な気がします。たまにはいいけど。年中それだと何かが違っているような気がする。僕の映画の仕事でいえば、主役が脇役の芝居をしても、脇役が主役の芝居をしたがっても、カメラマンが監督になっても困る。
     横綱が横綱らしい相撲を取らず、跳びはね、けれんだらけの相撲をとって、勝ち星は上げても名横綱とは呼ばれないでしょう。横綱らしい辛抱の相撲を取り続けるためには、体も心もボロボロになってしまうと聞いている。
     皆がそれぞれの仕事の中にプライドをもって辛抱して生きて行って欲しいと思います。
     政治家が歴史に語り継がれるとは、どういうことなのか。アジアだけでなく中東でも言いたいことを言い放題、お互いに無駄な流血を続けている指導者たちのニュースが情けなくなります。
     戦後五十五年間、経済的な豊かさばかりを追い続ける風潮や、学ぶ楽しみを置き去りにし(例えば、言葉を学ぶ楽しみはその先にある経済のためでなく、まずその言葉のもつ文化を学び、感じることにあるでしょう)、成績を数字でしか評価してこなかった教育は、先人たちの持っていた心意気を失わせ、有り余る商品に囲まれながらもなお不安を拭えずに暮らす、貧しさをもたらしたのではないでしょうか。
     だがやっと、金儲けの上手さだけでは、心の豊かさを生み出さないことに、少しずつ気付きはじめたのではないでしょうか。ブラウン管に映る、お金を操り、また操りそこなった人たちの表情。あまりにも情けなく思えてくるのは、僕だけでしょうか。含羞(がんしゅう)という言葉の意味を、とっても深く考えさせられます。』


    (名優の死を悼み、亡きM先生を追悼して・・・)

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