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News Release

2012.06.28

「気になる木」、鈴懸けの木に懸けられた思いとは

    「気になる木」、鈴懸けの木に懸けられた思いとはの画像「気になる木」、鈴懸けの木に懸けられた思いとはの画像「気になる木」、鈴懸けの木に懸けられた思いとはの画像

    先日、福島に住み今はもう立派なお母さんになっておいでの卒業生の方から手紙が届きました。近況を報告してくれる内容の後に、学園のホームページをよく見ていますとのうれしい一言。そして、その言葉に続けて、5月30日付のキャンパススケッチにあった鈴懸けの木に関連して、こんな文章が新聞にありましたと、地元紙福島民友のコラム記事が同封してありました。そのコラムの中ほどの一節です。
    「・・・・。研究棟前の中庭にはプラタナスがある。この木はスズカケノキ科の落葉樹で日本には明治の初めにやってきた。成長が早く公害に強いことから各地で街路樹に用いられているが、『ヒポクラテスの樹』ともいわれ、医療系大学を象徴する木でもある。科学的医学の祖とされたギリシャの医師ヒポクラテスが、生地コス島の広場にあったプラタナスの木陰で医師を目指す弟子らに医学を説いたとされたことがゆえん。・・・・。」という部分でした。
    プラタナス、鈴懸けの木が、医学と関係があっとは初めて知ることでした。
    そして、もしかしたらと思ったのです。
    来日した4人の外国人マスール(修道女)によって本校は創立されました。明治25年、1892年のことです。ところが、すでにこれに先立つこと7年前の明治18年に、この4人のマスールは来盛し、孤児院と診療所を開設しているのでした。医療の知識も兼ね備えていたマスール達であったのです。そして、学校開設の年の明治25年には、この診療施設を「仁寿医院」と命名しています。
    さて、学園発祥の地、市内中央通りの旧校舎の時代の正門に植えられていたプラタナス。数ある中から、選んでこの木を植えた人は一体誰だったのか。そして、この木が「ヒポクラテスの樹」という別名をもっていることを知っていたのかいないのか。ヨーロッパでは最も聖なる木として大切にされるというこの木に、どんな思いを託していたのか・・・・・。120年の歴史に秘められた、これも一つの隠し業のような気がして、なりません。

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