盛岡白百合学園中学高等学校 盛岡白百合学園中学高等学校

今週の聖句

2020.09.14

今週の聖句 9.14-18

見よ、なんと美しいことか、神の子たちが共に住むことは。

Behold, how good and how pleasant it is;

for brethren to dwell together in unity!

(詩編133章1節)

 

 現代という時代の特徴が「グローバル社会」という言葉で説明されるようになってからすでにずいぶん経ちますが、この言葉は私たちの意識をどのように、またどれほど動かしているのでしょうか。

 「グローバル社会」とは、いろいろな分野で国境を越えて交流し、その絆を深めることで、経済的にも文化・精神的にも皆がより豊かに生きられる社会を目指して掲げられた、一つの目標だったのではないでしょうか。今、一面においてはその目標をある程度達成できたといえるのかもしれませんが、それは私たちを根底から支える、揺るぎないものといえるのでしょうか。

 人種差別、病を得た人への偏見、弱者や少数派への無理解と無関心・・・こういったことがニュースで取り上げられ、抗議する人々のデモ運動などを見るにつけ、人間は神様の理想からどんどん外れることで、自分たちの目標を叶えようとしているように思えます。私たちを含む、この世界を創った神様がどのような夢を抱いておられたのか想像することなしに、世界をより良くすることなどできないのではないでしょうか。

 教皇フランシスコは、この地球を「私たちが共に暮らす家」と呼び、もっと大切にしなければいけない、と訴えています。それは主に環境保護的な視点で語られているものですが、地球が一つの家ならば、人類は共に暮らす家族なのだから、争い、おとしめ合うのではなく、今よりももっといたわり、受け入れ、ゆるし合い、お互いに味方になることが必要だと私は思います。

 さまざまな個性の持ち主が共生することは、今週の聖句で言っているような、たやすいものではありません。人間関係に悩んだり、孤独感にさいなまれたりしない人もいないと思います。それでもなお、その営みを「なんと美しく喜ばしいことか」と言えるとするならば、人類が分け隔てなく助け合って生きることこそ神様がこの世界の初めから描いていた理想のヴィジョンであり、その実現のために多くの奇跡さえもたらしたからでしょう。グローバルな感覚とは、国際社会においてだけのものを指すのではなく、また時代に関わらず人類に求められているものであって、その揺るぎない根拠はこの世界の始まりにあったということなのです。

 

祈りの意向

9.14(月)自分本位に他者を排除する傾向が目につく社会の中で、一人ひとりが広い心と深い愛をもってお互いを受け入れることができますように。

9.15(火)人との関係の難しさの中で、互いにゆるし合うことができないとき、キリストの言葉が慰めとなって和解することができますように。

9.16(水)難病と闘う患者、その家族、医療従事者を社会全体が物心両面でもっと支えることができますように。

9.17(木)We are going through some seasonal changes. Let us pray to keep our health of minds and bodies.

9.18(金)コロナ禍の影響を受け、厳しい経済状況にある人々を神様が顧みてくださいますように。また、一人ひとりがお互いにできることで助け合い、共に苦境を乗り越えていけますように。